【完結編】女子高生になった俺、次の試験で絶対男に戻る


目次


 

1.夏休み明け

 朝、女子寮の部屋で、りおは乃々香と一緒にメイクを仕上げていた。 明るい蛍光灯の下、慣れた手つきでビューラーを当てながら、ふと夏休みのことを思い出す。


 乃々香とひよりと過ごしたお泊まり会。 ベッドに寝転びながら、2人はりおの弟――想真の話題で盛り上がった。

「弟くん、可愛いねー!」

 楽しそうに言い合う2人に、わたしは小さく首をかしげた。 男を「可愛い」と表現する感覚は、まだよくわからない。 想真は確かにきれいな顔立ちだけど、わたしにとっては、頼りになる大切な弟だ。

 お菓子をつまみながら、話題は自然と智也のことに移った。 あれ以来、アルバイトの退勤後に一緒に夕食をとるのが、ほとんど恒例になっている。 何気なくそう話すと、乃々香もひよりも、顔を見合わせてから一斉に冷やかしてきた。

「えっ、なにそれ、付き合ってるの!?」
「りお、意外と押しに弱いタイプ〜?」
「ち、違うってば……!」

 わたしは顔を真っ赤にして、あわてて否定した。 でも、冷やかし半分の2人の笑顔に、なんだか悪い気はしなかった。


 想真と買い物に出かけた日のことも思い出す。 駅前の人混みを歩くとき、想真は何も言わずに自然とわたしを内側に誘導してくれた。 車道側を歩く姿が、どこか頼もしかった。

(いつの間に、あんなに……。)

 街ではナンパに声をかけられたこともあった。 怖くて言葉が出なかったわたしを、想真はしっかりとかばってくれた。 毅然とした態度で追い払う弟の背中は、以前よりもずっと大きく、たくましく見えた。

 女らしくなった自分と、男らしく成長した想真。 夏休みの思い出は、そんな対比を強く胸に刻んでいた。


「りおちゃん、そろそろ点呼だよー」

 乃々香に声をかけられ、りおは仕上げたメイクを確認してから立ち上がった。 桃色の制服を着た生徒たちが、ぞろぞろと廊下を進んでいく。 目元にきらりとラメを乗せ、髪をふんわり巻き、指先まで可愛く飾った女子たち。 りおも自然にその中に溶け込み、笑い合いながら並んで歩いた。

 ここでは、男たちからの突き刺すような視線を感じることもない。 厳しい管理のもと、規律を守りながら生活しているけれど、それすらも心地よい安心感に繋がっていた。

(……女子寮に入って、よかったな。)

 心から、そう思った。わたしは、今、ここにいる。


 点呼が終わり、みんなが教室へ向かう中、りおは乃々香と一緒に歩きながら、軽く会話を交わしていた。

「ねえ、今日の放課後、勉強会するんでしょ?」
「うん、もちろん。」
「みんなが集まるの、久しぶりだよね。」
「夏休みが終わったから、やっとこうやってみんなと一緒に勉強できるんだなって。」

 ふたりは少し歩きながら、自然と話が進んだ。 他の女子たちも楽しそうにおしゃべりしている。 りおはその輪の中にいて、特別な違和感を感じることなく、馴染んでいた。

 そんなとき、ひよりが後ろから駆け寄ってきて、元気よく声をかけてきた。

「りお! 今日も美人だねー!」
「え、ちょっと、そんなこと言われると恥ずかしいよ。」

 りおは少し顔を赤らめながら、ひよりの言葉を受け入れた。それでも嬉しそうに微笑んだ。

「でも、ほんと、最近のりお、ますます女の子らしくなったよね。前はちょっと……」

「ちょっと、って?」

 りおがひよりをにらむと、ひよりはさっと手を振りながら笑った。

「いやいや、今のりおがすごく可愛いからって意味! ほら、みんなと一緒にいるとき、すっごく素敵な感じだし!」

「ありがと。」

 りおは照れながら、そう返すと、ひよりと共に教室へ向かって歩き出した。

──教室の扉を開けると、すでに他の生徒たちが席に着いていた。
 また少しずつ話が盛り上がる。 夏休みが終わり、少しずつ学校生活が元通りに戻っていくのが、なんだか心地よかった。

 りおはふと、先ほどのことを思い出す。 「女の子らしくなった」――その言葉が頭の中で繰り返されていた。 どこか遠い昔のように感じる自分を見返すと、あの日の自分が少しだけ懐かしく思えてきた。

 それでも、今の自分に、少しずつ満足している。 今、この場所で、みんなと一緒に過ごすことができる幸せを感じていた。


2.二度目の定期試験

 9月の定期試験。りおは、再試験の会場にいた。

――これが、今の自分の現実だ。

 振り返れば、授業の内容が次第に理解できなくなってきたことを思い出す。 小テストの点数も、最近は平均点を少し下回る。そう、「インサイトコース」の平均以下だ。

 りおの、中学時代の模試の偏差値は70以上。それを30も下回る「インサイトコース」では、当初こそ成績上位にいた。 次第にひよりや乃々香に追い越され、気づけば「インサイトコース」の普通の生徒に落ち着いていた。

(頑張っても、やっぱりこうなるんだな)

 心の中で、かすかなため息をつく。 インテリジェンスコースに転換し、男に戻る。今となってはそれが遠い目標に思える。

 勉強会では、乃々香とひよりに教えてもらう立場になり、あの二人にはもう追いつけないことを痛感していた。 ひよりはあっという間に理解し、乃々香はどんな内容も理解してしっかりと説明してくれる。どちらも、りおよりずっと頭が良い。

 りおは中学時代、長時間勉強による暗記で成績上位をキープしていた。しかし、それが通用するのは中学までの話だった。 高校では、理解を伴わない暗記では力不足を感じることが増えてきた。

 でも、両親や教師からはコース転換の圧力をかけられることもなければ、大学進学を強く勧められることもなかった。 それどころか、りお自身がどんな道を選んでも構わない、という自由を感じている。 そして、必死に悲壮感を感じることなく、選択肢が広がっていることを実感している自分がいる。

 定期試験の日がやってきた。りおはインテリジェンスコースを受けることは諦め、インサイトコースの試験を受けた。 それでも、いくつかの教科で赤点を取ることになり、再試験を受けることが決まった。

(もし、インテリジェンスコースにいたら、きっと落ちこぼれていただろう。でも、インサイトコースなら、赤点を取るのも普通だ)

 そう考えると、少しだけほっとする気持ちが湧いてきた。
――ここが、自分の居場所なんだろうな。

 その時、会場の入り口から足音が近づいてきた。 顔を上げると、乃々香が現れた。 乃々香は、にこやかにりおに手を振りながら、試験会場に入ってきた。

「おはよ、りお!」

「おはよう、乃々香。」

 乃々香は、軽く肩をすくめると、楽しげに話し始めた。

「実はね、インテリジェンスコースの試験受けたんだけど……、ダメだった!」
 その言葉に、りおは少し驚くが、乃々香はあっけらかんとした表情で続けた。
「でもね! まだまだあきらめないよ! 今度は12月の試験で絶対挑戦して、今度こそ合格してみせるから!」

 その明るさと、前向きな気持ちに、りおは改めてその強さに感心する。
 その時、りおはふとひよりのことを思い出した。 ひよりの姿は、まだ見当たらない。おそらく、ひよりは無事に試験に合格したのだろう。 ひよりの頭の良さは、りおが言うまでもなく圧倒的だ。
 乃々香もきっと、次の試験でインテリジェンスコースに合格するのだろう。

「すごいな、乃々香。そんなにポジティブでいられるなんて。」

 りおは、心の中でひとしきり感心し、そして少し自分の立ち位置を感じる。

「だって、失敗してもまた次があるって思えば、気持ちが楽になるんだもん!」

 乃々香は、にこっと笑って、再びりおに目を向ける。その瞳には、まっすぐな力強さが宿っている。

「りおも、焦らず頑張ればいいよ! それに、今こうしている自分がいるってことに、意味があるんだよ。」

 りおはその言葉に少し考え込み、心の中で決意を新たにする。
――やっぱり、無理しないで、自分のペースで頑張ろう。そんなふうに、少しずつ前を向いていけばいい。

「ありがとう、乃々香。」

 りおは、少し照れくさいけれども、感謝の気持ちを込めて言葉を返す。 乃々香は、再び元気に笑って、試験の準備に取り掛かる。 その姿に、りおは心の中で強く感じるのだった――自分も、焦らず前に進んでいこう、と。


3.再度のライフプラン設計

 ライフプラン設計の授業。

 りおは、机の上に広げられたノートをじっと見つめる。 前回作成したライフプランをチェックしてみると、今の考えとあまり変わらないことに気がついた。

 「大学」が「短期大学」に変わった以外、基本的な流れは大きく変わらない。しかし、その違いは確かに感じていた。 以前は乃々香の書き写しや、周りの期待に流されていた自分だったが、今は違う。

 りおは、かつての自分が書いたライフプランに目を通しながら、静かな気持ちでその内容を反芻していた。 自分がどんな人生を歩むのか、それをしっかり考えた結果として今、こうして自分の手で計画を立てようとしていることに、少しだけ誇りを感じる。

「やっぱり、私は女として人生を歩んでいきたい。」

 その思いが心の中に強く芽生えたのは、ここ数ヶ月の経験が大きかったからだ。 女子寮での生活、アルバイトでの交流、そして智也との関係――それらすべてが、自分を少しずつ変えていった。 あの日、無理に男としての自分を強く押し込めていたことに、何の意味があったのかと今は思う。女としての自分にもっと素直になっていいのだ、と。

 りおはペンを取り、心を込めてライフプランを書き直し始めた。

17歳アルバイトで出会った先輩と交際開始。
「アルバイトを通じて、他の人と深く関わり、成長したい。」
18歳高校卒業。公立の短期大学に進学。
「短大での生活を楽しむ。専門知識を学びながら、新しい友達を作りたい。」
20歳短大卒業後、企業に就職。
「自分に合った仕事を見つけ、しっかりとキャリアを築く。」
21歳相手はアルバイトで出会った彼。
「信頼できる人と、人生を共に歩んでいきたい。」
23歳出産。育休をとる。
「子どもと過ごす時間を大切にしたい。」
28歳子どもが幼稚園に入園。短時間勤務で復職。
「家庭と仕事のバランスを取りながら、キャリアも大事にしたい。」
37歳フリーランス転向。自宅で働きながら子育て。
「自分のペースで仕事をしながら、家族との時間も大切にしたい。」
60歳地方に移住し、趣味とともに穏やかな老後。
「趣味や家族との時間を大切にしながら、ゆったりと過ごしたい。」

 りおは、ライフプランを見返すと、少しばかりの達成感と共に、心が軽くなるのを感じた。 高校を卒業し、短大に進学すること。それは、以前の自分では考えもしなかった未来だった。 でも今、こうして自分で描いた計画に自信を持っている。女として、人生をしっかりと歩みたい。その道のりに少しの迷いもない。

 そして、りおは自分を見つめ直したとき、確信を持って心の中で思った。
――これが私の人生。どんな形であれ、歩んでいくしかない。

 その瞬間、りおは微笑んだ。

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